ある主婦の徒然草

本と映画が好きな主婦の備忘録

アイヒマンの後継者(映画感想)

 残虐性や悪は、悪魔のような人にだけではなく、ごく普通の一般的な人間にも潜んでいる・・・。

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発 [DVD]
 

 アイヒマンというのは、第二次世界大戦中ドイツの親衛隊(SS)隊員だった人物。
ナチの「ユダヤ人問題の最終的解決(いわゆるホロコースト)」に関与しており、当時中佐として何百万人もを強制収容所に移送したと言われる。
戦後、ドイツでは4カ国の支配下に置かれるという複雑な環境に変わり、人々は自身らのしてきたことについてまだ自覚仕切れていないようでした。(これは”検事フリッツバウワー”を観て思ったこと。)

なにかものすごい大虐殺を民族単位で行ってしまったけど、誰が悪いの?ヒトラーが主だってやってたことだしね・・・。と思うひとも実は居たのではないでしょうか。

戦争が終わって、自分たちが他国から管理される立場になって初めて強烈な催眠術から目覚めたように、部分的にはかなり自覚的にやってきた事を、ドイツ国民の各々が半ば気まずさと自身に内在する残虐性に恐怖を抱きつつも、その責任の所在については保留にして済まそうとしてたのではないでしょうか。

これって、なんかちょっと、アレに似てませんか??

いじめ。

例えば、とある学校のひとクラスにいじめがありました。
クラスの全員がターゲットの1人もしくは数人を無視したり、持ち物を隠したり壊したり教科書に落書きしたり・・・。
そのクラスの生徒はみんな問題のある子たちだったでしょうか?

おそらく違うでしょう。

そのクラスには、気の強い子も居れば弱い子優しい子、ひょうきんな子、器用で要領が良い子、不器用な子、賢い子、勉強はできる子、ずるい子、正直な子・・・。とにかくいろいろなタイプの子達で構成されて居たはずです。
それが、いじめという支配下の中では、誰もその空気に逆らえない。
いじめられている状態を見ると、加害者と被害者の2つにしか分けられないのが、実はその周辺で傍観している人々はその主立った加害者(支配者)に服従を強いられているとも考えられるんじゃないでしょうか?

この映画は、アイヒマンが直接出てくるわけではありません。
アイヒマンの裁判映像は出てきますが、それだけ。

ミルグラムユダヤ人をルーツとする人物で、社会心理学者。
たしか生まれも育ちもアメリカだけど、自分と同民族の受けた悲劇の理由を知ることに人生をかけて居ます。

彼の行った実験は、「服従の心理に関する実験」というもの。
それはまず志願による被験者と、研究所の職員のペアを作りくじ引きで先生と生徒に分ける。(このときのくじは両方が先生となっていてかならず被験者が先生になる様になっている→これが後に倫理委員会から糾弾されることになる)。
被験者は先生として生徒役(研究所の職員)に問題を出し、間違える度に罰として通電する。通電は間違えが増えるごとに電圧が上がり、最大は450Vの危険な電圧にまで成る。この実験をする前に、予想として最後まで通電する人は1000人に1人の割合だろうと言われました。しかし、結果は驚くもので、なんと65%の被験者が危険な電圧と知りながら最大電圧での通電を行ったのです。

35%は自身の責任で、毅然とこの実験の続行を拒否していました。

しかし、半数以上の人間の残虐性が露呈してしまったこの実験は、すぐに批判の的となりました。

性善説を支持する倫理委員会は、実験にあたり、恐喝や虐待のもの行われてのではないかとミルグラムをなじり、同じ大学の教授達もそこまでして服従に対して敵視すべきではない、とミルグラムを突き放しました。

研究室を転々としながら、時には研究対象を服従とは全く違ったことに変えたりして、ミルグラムの人生と大学生活は波乱に満ちた物だったようです。

 

最後の電圧で通電をした65%の被験者の多くは、通電の痛みを(別室)で訴える生徒役を気にしていたたため、実験が終わったときに、すべて本当の事を伝えわだかまりの残らない様にしました。生徒役は職員であること、彼には実際は通電されて居ないことなど。みな、生徒役が無事なのを確認するとホッと安心した物の、どこか釈然としないもやっと感を抱えた表情で部屋をあとにします。

実験終了後、ミルグラムが被験者に尋ねます。
ミ「なぜ途中で止めないで、危険と思う最大電圧で通電したのか?」
被験者は、そろって訴えます。
被「続けろと言われたから。実験を続ける責任があるし、誰もそれを止めなかった。」
ミ「彼が電撃を受けた責任は誰にある?」
被「わからない」

ミルグラムの謎は深まるばかり。
実験中、みな生徒役を心配する。やめたほうが良いと強く主張する者、唇を噛みながら、悩みながら、涙ぐみながら・・・。それでもかれらは止めない。
自分たち研究者側は、決して怒鳴ったり脅したり、椅子に縛り付けたり閉じ込めたりしている分けではない。ただ静かに、「続けてください」というだけだ。
だから彼らはやりたくなければいつでも止める自由があるのだ。
でも、やめないのだ。

この映画を観ていて印象的だったのは、通電のシーンでは無く、ただ己の実験をみつめつづけるミルグラムの瞳でした。黒く深い・・・瞳は深淵をのぞき込んでいる様で、その温度を感じさせない目の色がちょっと怖かったです。
彼自身は穏やかで、誠実で、自制的な人物。そして愛妻家で子どもを愛するごく普通の男だ。でも、ひとたびこのホロコーストを引き起こした集団による服従の実験になると、ひとが変わった様に強いこだわりを見せた。

彼の実験はかなり長い間異端とされていたが、その後、異常心理や集団の服従心理の分野では必ず教科書に出てくる様にまで成った。
彼の研究の集大成がコレ↓

 

服従の心理 (河出文庫)

服従の心理 (河出文庫)

 

集団による個人の希薄化、責任の有無を保留にする事を、「代理人効果」というそう。
自分のする事に付いての責任を放棄し、強い指導力に身をゆだねる。
こうすれば自分は責任から逃れられて、かつ安全な立場を手に入れられる。 

 

ホロコーストといじめを一緒くたにすべきでは無いかも知れないけど、その心理の根底にはかなり似通ったものがあるように思えて成らない。

この映画のタイトルに使われているアイヒマンもまた、裁判の映像出見る限りはものすごい極悪人には見えない。ドイツ人らしいとがったような輪郭と無表情はちょっと怖いかもしれないけど、話すすがたはそのあたりの近所のおじさまだ。
しかし、彼は裁判で自身には何一つ責任がないと言い放った。
収容所への移送は上司からの命令で、命じられなければ自分は何もしなかった、と表情1つ変えずに言った。

確かに大虐殺をおこした大本はヒトラーだったかも知れない。
しかし、ヒトラー1人でこのような大惨事を起こすこともできなかったはず。
ヒトラーの命令に従う人間が大勢居たから、ここまで事が大きくなったのだ。

アイヒマンはどこにでも居る。

わたくしたちの隣に、知人友人に、そして自分自身の中に・・・。