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ある主婦の徒然草

図書館大好き主婦の読書メモと日々の記録

俺な母、わたしな父…それもアリ。

淡いピンク色の花を付けていたソメイヨシノも、いつの間にか葉桜に変わりましたね。
そしてワタクシはすっかりブログの更新を忘れておりました。

2月の放送だったらしい、興味深い話題がNHK(好きだよね笑)であったよう。

http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/1700/264025.html
LGBT、その先へ 〜『2/28放送「LGBTを"当たり前"に」』後記〜゛

LGBTとは、「L→レズビアン、G→ゲイ、B→バイセクシャル、T→トランスジェンダー」の略。
いずれも、セクシャルマイノリティー(性的少数派)です。
私たちは、男なら女が好きで、女なら男が好きなのが当然と思ってるよね。
それが、自分の自然な性指向だと思ってる。
でも、もしかしてそれって、当たり前じゃないんじゃない?
男⇔女という図式は、明らかに生殖面での合理化によるものが強いと思われる。
同性間では子孫を残すことが出来ないし。
人間も動物だから、本能的に人類の数を確保する方向に流れていく。これ、自然の摂理

ただ、生殖に有利だから自然で、同性愛が繁殖を伴わないから不自然というのもちょっと違うようで…。
たとえば、キリンは同性同士で首を絡め合ってスキンシップをとるし(つまりラブラブアピール)、イルカも同性で群を成す。ペンギンやアホウドリも同性で子育てするし…あの百獣の王ライオンなどを含め、なんと約1500種が同性愛の形も取り入れて生きている。
性差にこだわるのって、もしかしたら人間だけなんじゃ…とすら思えませんか。

もうひとつ、トランスジェンダーというのもある。

これは、性同一性障害と混同されそうだけど広い意味での、「体と心の性の不一致」というもの。
広い意味での、と付け加えたのは、ここには体と心の性別を一致させる人と、させずに生きる人が含まれているから。
どうしても自分の性の違和感を無くしたいと、性転換手術する人もいれば、手術まではしなくとも心の性に従って生きる人もいるからだ。

例えば、体は男だけど心は女。それって、ぱっと見ゲイと変わらないじゃん!って思うでしょ?
いやいや、全然違うんです‼
性同一性障害の人が普通の恋愛をすると、一見同性愛に見えてしまうけど、これはれっきとしたヘテロセクシャル(異性愛)だ。
さらに、ただ、トランスジェンダーというだけで制服の違和感を無くすべく訴えると、性同一性障害としての診断書が必要になる。もはや病気のカテゴリーに入れられてしまうのだ!
いまの私は礼服ですらズボンだからスカートはけと言われると、一瞬悩む(笑)

日本は制服が一般的だけど、男→ズボン女→スカートの強制はいかがなものかと思う。
制服制度はよろしいとして、何を着るかは選べるようにしてほしいと思ってしまう。
ランドセルのように。
(息子がセーラー服を選んだとき、動揺してしまうかもしれないけど汗)


なぜ、ワタクシがこの話題に興味を示したかといえば、ワタクシ自身も幼い頃から自分の中の男性性と女性性に揺らいでいたことがあったからだ。
小さいころは、母親のセンスで髪は長かったし、スカートやワンピースを着させられた。
でも、本当はズボンが履きたかった(よくしれっと履き替えていたけど)。
髪もショートがよかった。
母親による女の子コーデだと、なんだか場違いな格好をしているみたいで苦痛だったのだ。

小さいとうまく伝えられなかったことも、小学校中学年からは言えるようになり、やっと髪を短くしてもらえた。以来、ずーとショートヘア(笑)
成人になると、顔形もなんだかオッサンみたいになってきて、残念ながらもうスカートとかワンピースは似合わなくなってしまった。
息子はたまーのスカート姿に感動してくれるけど、母ははきこなせそうにありません(スマヌ)

つまり世の中には、ワタクシのように外見も社会的な性役割も女性だけど、服装や髪型は男性的な立ち位置の方が気持ちが楽な人もいる。

社会や地域で求められる性差を、区切るのではなく、認めあっていくという考え方のSOGI(セクシャルオリエンテーションと、ジェンダーアイデンティティーの略)が、今国際的に知られ広まっているようだ。

昔にくらべて、今はたくさんの事が共有できて、出来ないことが少なくなっている。
物理的にはとても可能性に満ちた、フレキシブルな時代なのだから、人間の性もまた、可能性と受容が認められても良いのではないかと思う。