ある主婦の徒然草

図書館大好き主婦の読書メモと日々の記録

魂の第九

桜が美しい🌸時期ですね。
花粉症さえなければもっと自然と戯れたい…
現実はただの運動不足です。
雨が続いて、外出すら憂うつな今、楽しみなのは長男の幼稚園でのお母さん友達とのお花見くらいなもんで(^-^;

桜の季節になるとワタクシには必ず思い出す記憶がありまして。
桜で有名な地元の公園で、満開の桜を観ながらたくさん写真を撮ったんです。母と。

なんでたくさんの写真を撮ったのか…
それは、その時の母が肺がんの末期で余命が幾ばくもなかったからでした。
それまでの人生で、一番悲しい花見だった。
それから、ワタクシにとっては桜は綺麗だな~と思うと同時にどこか儚く哀しい象徴になっている。

桜と母の記憶を呼び起こしたのは、今朝のNHK(またか!)でガン患者と家族が歌う第九の特集をやっていたからだ。

大きなコンサートホールで響く力強い歌声。
合唱しているのは、ガンと戦う患者と支える家族というから驚きだ。

ワタクシも母とガンを戦った経験がある。
ガン治療は本当に辛い。
治療自体の苦痛に加え、自分の目指す先にあるものが゛死゛であるのが大きい。
光を目指すなら、どんなに苦しくても踏ん張れる。
しかし、頑張った先にあるものが゛死゛だったら?
何を拠り所にして頑張ればいい?

ワタクシはまだ結婚してまもなくだった。
自分も過労で満身創痍だったから、母の異変に気づくのが遅かった。

末期ガンとハッキリ言われ、手術も放射せん治療もできないと言われた。
その頃、仕事の過労で神経衰弱していたワタクシは、クスリを飲んでいて意識がぼんやりとしていたが、母のガン告知だけはハッキリと絶望の記憶として覚えてる。
それだけ衝撃的だったんだろう。

唯一の望みである、遺伝子の型に合わせた抗がん剤投与というのがあって、それを飲むと治るわけではないが死期をわずかに送らせることができる。
その遺伝子の型に、母はあっていて抗がん剤を服用していた。
しばらくはまるでガンの症状が嘘のようになくなった。
止まらなかった咳がなくなり、顔色も以前のように戻った。ワタクシたちは告知前の生活に戻ってつかの間ガンであることも忘れられた。

しかし、現実は甘くなかった。
母は、徐徐に頭痛を訴えるようになった。
寒い1月半ばのころ。
゛頭への転移゛
肺がんはリンパ腺と通じて脳に行くコースが主流という。
恐らく主治医は最初からこの行程が見えていたと思う。でもワタクシは奇跡的に母のガンが、何かの神がかった力で寛解するとどこかで信じてた。
それこそ、大人のファンタジーですよね。

母の命のカウントダウンはすでに告知を受けたときから始まってたのに。
どーしてもその事実が受け入れられない。

特集で出ていたガン患者の妻と夫をみて、あの頃にタイムトリップしたきがした。
『妻の1年と自分の1年は全くちがう。でもなるべく長い時間を過ごしたいと思う。』
そう。寄り添う家族なら誰だってなるべく長く同じ時間を過ごしたいと願う。
だから一緒に歌うのだ。
耳が聞こえなくても、自身の置かれた運命がどれほど悲惨でも、魂のおもむくままに作曲し続けたベートーヴェンと己を重ねて。
みんな哀しみや不安や恐れも、すべて力のかぎり歌声で放って。
それが゛魂の第九゛。

ワタクシも母と参加したかったな。
ガン患者は孤独だ。
家族や友人は明るい未来がある。
でも自分の先には死しかない。
ガンの最期は苦しい、とかなまじ変な知識があるからなおのことつらい。
実はガン患者の多くは、そのストレスから精神疾患にかかる。
ガン治療に加えてカウンセリングなど、ワタクシも母と常にガンセンターをうろうろしていた記憶が強い。死に行く母と、産まれてくる息子に挟まれたワタクシ。あの当時は本当に辛かった。
その時ワタクシ、長男妊娠7ヶ月。

自分の出産の心配ではなく、母が生きているうちに長男をなんとしてでも産まなくては!という使命感があった。

見るものやること、すべてやりおさめ。
いまは母が好きだったカラオケも、人生最期のイチゴ狩りも行きたくない。
本当は桜すら哀しい。

ガン患者と家族の孤独を和らげる、または哀しみや不安をパワーにできる、こういったプロジェクトをこれからも期待したい。