ある主婦の徒然草

本と映画が好きな主婦の備忘録

孤高の民俗学者

一風変わっていても、美貌の教授になら踏みにじられたいかも…

凶笑面―蓮丈那智フィールドファイル〈1〉 (新潮文庫)

凶笑面―蓮丈那智フィールドファイル〈1〉 (新潮文庫)

民俗学と言えば、柳田国男遠野物語…かっぱや、座敷わらし…云々。

一見ファンタジー的なお話の数々だけど、そのうらはダークな面々を併せ持つ、いわば日本版グリム童話な印象あります。
もちろん、全く別ものですけど(笑)

ぼうや~よいこだねんねしな~♪
で始まる、まんがにほん昔話で育ったワタクシには
かっぱや座敷わらしや何かしらの神さまにはけっこう馴染みがあり、聞けば懐かしくほっこりするメンバー達。

しかし、北森鴻さんの蓮丈那智フィールドワークシリーズは、遠野物語のような幻想ファンタジーっぽさは微塵もなく、人間の営みや業の深さからおこる事件と民俗学的な現象を紐解く内容になっている。

シリーズ1から3まではオムニバス版で、そしてシリーズ4の邪馬台は一冊の本になっている。
邪馬台は、2010年に北森さんが急逝されてから、浅野里沙子さんが共同執筆して完成させたもの。

北森さんの学識の豊富さは本当に素晴らしく、そのすごさは巻末の参考文献の多さで納得できる(文献だけで二ページあるから!)
ミステリーとしての構成もしっかりしている上に、事件に付随する民俗学的なテーマもちゃんと確立している。
というか、トリックやなんやよりも民俗学的知識の大波に、読者は飲み込まれっぱなし🌊

さっそうと、波に乗ってみたいところだけど、こちらが無い頭を振り絞った考察も、主人公である蓮丈那智の冷徹な美貌に一笑に付されて、
「その程度の想像力で、よくも民俗学ミステリー好きですなんて言えるね、キミ。Cマイナス」
な~んて、ドSな口調でいわれたりする妄想に浸る…(*´∇`*)

シリーズ5として『天鬼越』がだされたが、北森鴻の後継者としての浅野さんの評価はなかなか厳しいものみたい。
でも、北森さんの後を全く同じように継ぐのは無理に等しいかも。べつに知識の云々じゃなくて、作家の持ち味って、まるで指紋みたいに決まってるもの。
いくら、遺された素材やプロットがあったとしても別人が同じものを創るのは、アライグマになにも洗わせないくらい無理な話。

だから、ワタクシは北森さんが書かれた遺作しか読んでませーん。

久しぶりにページを捲って復習してみたら、ウーン難しい…内容がさ、ぎっしりパツパツでペラペラめくる程度じゃ理解できなくて、また読み込んじゃうという。😅😅

一度読んでるのに!?
きっと、読み込みが足りなかったのでしょう。
これじゃあ、また蓮丈先生に怒られそう(笑)

ワタクシの記憶に焼き付いているのは、
歴史学は線、民俗学は点のようなもの。」
という記述です。(たしかそんな内容だったはず)
確かに歴史の授業では年表あったよね。
なんでもかんでも時系列で…。
じつは、ワタクシ、歴史ちょっと苦手でした。
妄想はするんだけど、歴史ってなんかこれがこうなって、誰それがなにして…と、決まったかたちで進んでいく。
いつも思うわけです。
「本当にそうなの?誰かの思い違いじゃない?
または勝手に美談にしてません?」と。

でも、民俗学は考察の学問。
まず文献や時代背景と実際の人の話を聞き取り、場所を訪れて、考察する。
ひたすら、頭の中の知識と想像力を掛け合わせ膨らませる。
かなり孤独な作業ですわね。

しかも、独り善がりな妄想に生ってはいけない。
ちゃんとその仮説に結び付くプロセスの根拠も用意しなくちゃいけない。

蓮丈那智が、昼食のラーメンを啜りながら、助手の三國にたずねます。
「横浜から伝来したラーメンが、北海道で味噌ラーメンとなった経緯を調査するにはどのようなアプローチがあるか。」

まあ、天才民俗学者はきっとこんな感じなんでしょう。訊かれた三國くんにはきっとラーメンを味わう喜びを奪われただけなんでしょうが😢

事象には理由がある。それをあらゆる仮説に基づいて想像し、ときに実験まがいなこともして突き詰めていく。民俗学そのものがまさにミステリーなのだと思います。

ちなみに、ホームズ好きならきっとはまるはず(笑)

蓮丈那智=ホームズ、三國=ワトソンと分かりやすい設定なので。
恐ろしいほどの観察眼をもつ名探偵は得てして、世間の常識からかけ離れたお人で、それをサポートするように、常識が服着て歩いているタイプのお人が助手として付き添うタイプ多いですね。

このふたりも、教授と助手の関係でありながらかつ、謎解きでもそのポジション変わらない。
三國くん、それでいいのかい?
と、ワタクシ毎回思ってしまう😅